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Diary

過去を放り込んだ倉庫
2004年10月分


2004年10月31日(日)

 昨日から、何度も何度も携帯の電源が勝手に落ちやがってくれるので、「壊れたのか!?」と思ったのだが、充電池の入ってる部分の蓋を開けて軽く振ってみたら、何故かカタカタと動きます。
 ……端に付いているストッパー的な役割を果たしていたゴムが、充電の際に発生した熱でズレたのが原因らしい。直したらカタカタ言わなくなり、電源も落ちなくなった。
 焦った〜。壊れたのかと……。DocomoのPHS、もう2年以上新機種出てなくて、今使っているものが最新機種なんだよ。(つまり、買い換えるとしたら結局は同じ機種。それって何となく悔しい……。)



 土曜日に学生時代の友人たちと飲み。
 実は週の後半から扁桃腺が腫れ上がり、その痛みが耳まで上ってきたという状態。このメンツでの飲みは、いつもなら2週間位前から予定が振られるのに、今回はいきなり出てきたので、「体調も体調だし、今回はパスしようかな〜」と思ったのだが、バタバタと決まるスケジュールには裏がある。
 ……仕事で年明けから東京勤務になっていた友人が、「この日」に地元へ帰るという。
 そういうことは、早く言え〜っ!!

 そんなわけで行くことにしたんですがね。
 せっかく外出するなら、ちょっと早めに出て新宿でも寄って行こうかなと思ったのですよ。三越の上にLoftとジュンク堂がOpenって話ですからね。
 ……何で「午後5時」に起床しますか。自分……。待ち合わせは7時半ですよ。現地まで1時間半掛かりますよ。
 ………………アホかと。体調悪いにしたって程がある。
 実は前日、親から「医者に行け」と言われ、「この状態では、目覚まし掛けても絶対に起きられない。だから起こして〜」と頼んだんですがね。親が声掛けてくれたのが「ごめ〜ん、うっかりして忘れてた。今、11時半」てな感じでした。準備して家を出ても、着く頃には診察時間終わってますがな……。で、喉も耳も痛くなかったので、また寝る。……寝すぎです。

 1人以外は夏に一度逢ってますからな。まあ、最近の愚痴なんぞ言ってみたり。
 結構素敵なお値段で、エライ量が出てくるお店だったんです。「男子大学生あたりなら余裕でいけそうだけどな」って量。女5人+お孫さんがいらっしゃる恩師のメンツでは、完食に程遠い感じでした。
「……この量、昔は完食してたよねぇ……」
「遅れてくるヤツが到着する前に、2、3品証拠隠滅してたりとかね」
「酒も飲まなくなったよね……」
「1、2杯飲んでソフトドリンクだしな……」
「……ヤバ、胃腸が歳食ってる」
 まあ、この日のメンツ6人(むしろ今更歳を気にしない恩師を除く女5人)で、この半月の間に一つ歳食う奴が「4人」もいたというのは禁句です。(何故か誕生日密集シーズン。)

 ちなみに地元へ帰る友人は、ここへ来る前に借りていたマンションを引き払い、最終の新幹線で浅間山の麓へ帰っていきました……。
 みんなの「お前、帰るなら帰るで、もっと早く連絡しろよっ!」の文句に、奴曰く「あ、いや、飲み会やるなら、また買い物ついでに来ればいいやと思って……」。
 ……遠くて近い?近くて遠い?
 まあ、来月半ばにもう1人、シャチホコ方面へ帰る奴もいたんで、いい機会ではあったかなと。
 でも、とりあえず、このメンツなら忘年会を誰かが計画するんじゃないでしょーかね。(←自分じゃないんだ……。)

 帰ってきてから、また喉痛くなっちまった……。(雨降ってて寒かったからね。)



 えー……まあ、ぼちぼちあんまり嬉しい歳ではないんですが、それでも飛んでくるメールに感謝しつつ……。
 なんだろうなぁ。気分的には「喜ぶ」ってよりも、「感謝する」方に移行しつつあるなぁと。小さな積み重ねじゃないけど、今まで出会ってきたたくさんの人の中から、今、精神的に身近にいる人たちの存在に、どれだけ深く感謝してもしきれないほどのものというか、何というか……。

 ……ケーキ食いながら「今年、年女だから!」とかのたまわりましたが。
 とりあえず、「転寝しながら、めくるめくエロワールドを頭の中で展開させて、一人でニヤけてる」くらい相変わらずなので、生暖かく見守っていただければ幸い。(……「生」?)



 とりあえず、もう二度と経験したくない一月でした。(笑)



更新履歴:
「CELESTIAL ROOMS」
 「Publishing」に在庫状況。
 「EventSchedule」修正。



2004年10月24日(日)

 半月ぶり……以上のご無沙汰でござります……。
 気が付けば10月。
 この半月ほどの間に色々ありまして。ええ。それはそれは色々と……。


 あまりにもネタのような現実の日々。愚痴も兼ねて思い出してみましょうか……。



 お話は前回の日記より少々遡りまして9月25日の土曜日。
 母の入院前事前検査の通院日。付き添いまして一緒に大学病院へ。まあ、それは何事もなく済みまして。
 全部終わって、「まあ、時間もお昼時だし、吉祥寺にでも出てランチでもしましょうか」と、病院から一路吉祥寺へ。メシ食って、あとはそれぞれ買い物したいものがあったので適当に別行動。
 本屋に行って、本(マンガ)を6冊ばかり買い込みまして。あとはユザワヤで紙を数十枚。まあ、それは良い。ついでに低くて腰が痛いと言い続けるのも何なので、テーブルでも購入しようかと思って何軒か店を回ってみた。


 ……おかしい。明らかにおかしい。


 荷物はいつもの鞄にマンガ6冊に紙が数十枚。決して重いものではない。なのに、何で荷物を持っている腕が、腰が、体が重くて痛いんだ〜っ!
 あまりの辛さにテーブルを適当に見繕って自宅配送を頼み、さっさと家に帰る。家に帰り着いた途端に辛くて「ちょっとだけ」と横になる。
 そして夜、目覚めたら自分の中で「ヤバイ」と思いました。そもそも「起き上がれません」。体温計を持ってきてもらって計ったら「38.2度」。
 撃沈。
 実は今まで、風邪ひいて呼吸困難になったことはあっても、体が痛くなることは初めてで、あの全身の痛みが風邪の症状の一部だとは全く思わなかったのでした。


 そんな感じが結局水曜日まで「5日」も続いたのでした。
 前回の日記、火曜日ですが、あれ書いたあと、また寝込む。(アホ)
 ちなみにこの時に買ったテーブルは寝込んでいた時に届いたのだが、熱があったせいでどうもサイズを間違えていたらしく、今までのものより「二回り以上デカかった」という素敵な代物でした。いや、まあ、高さがあるのでいいんだけど。



 9月30日、木曜日。
 母の入院日。荷物持ちで私と妹くんが同行。しかしこの日の朝(正確には夜中)から妹くんが腹痛を訴える。病院に行った時点ではそれほど酷くなかったので、私はそのまま出社。(でもこの時点でまだ37.5度あったりする。入院する母は36度台。妹くんも同様。……病人は誰だ!?)
 3日休み+4日目午後出社のツケは大きく、病み上がりにも関わらずこの日の帰宅時間は午前1時。終バスすら逃し、駅からタクシーな帰宅。


 実は入院に言われていた母の翌日の手術の時間は午後。……だったのに、夕方携帯に妹くんからメールが来て「午前9時開始だから、その前に来てだって」とのこと。
 わー、私、睡眠時間何時間だろう?(答:結局3時間ほどでした。)



 10月1日、金曜日。
 朝6時起き。別に手術中の家族待機がいらないってんなら、別にこんな時間に起きないけどさ。基本的に「何かあったときに、すぐ話をして許可が取れるように」家族の待機が必要らしい。まあ、本当に何かあったら困るんですが。(てか、局部麻酔で本人が意識あるんだから本人に聞け。←いや、本人に意識がなくなったときが問題なんだって。)
 本当なら一緒に行くはずだった妹くん、腹痛が前日より悪化。とても病院に行ける状態ではない。いや、むしろ「行って見て貰え」状態。が、母の入院している病院では片道1時間とちと遠く、とりあえず小さい頃からお世話になっている、ご近所の「掛かり付けの先生のところへ行け」と言い残して家を出る。
 手術開始の少し前に病院に到着し、手術中は病室で待機してました。「家族待機室か病室で」と言われ、「病室」を選んだのは、待機室はどう考えても「空気が重そう」だったからです。うちはあくまでも「怪我」の手術なので命に別状はないが、そうじゃない家族もいるわけで。そして母のいた病室は4人部屋だったのだが、この時点で母と、もう一人のご婦人(バアちゃんくらいの年齢か)しかいない上、こちらも同日同時刻に手術で、部屋には「誰もいない」状態なのでした。
 ……スミマセン、手術が終わるまでベッドに突っ伏して寝てました。(ベッドに横にならなかっただけマシか?)


 手術終了直前に手術室の前室(ホントに入り口付近)へ呼ばれ、執刀医で主治医の先生に手術中のグロ画像(もとい、手術中の切開の写真)を見せていただきました。事前に「切開写真、見ても大丈夫ですか?」と言われましたが、今更それくらいでビビりはしません。
 色々お話を伺っていると、手術室の奥から聞き覚えのある笑い声が響いてきます。……誰が手術受けたんでしたっけ?え?
 そして本人、手術室から「満面の笑顔」で「手を振りながら」出てきました。……な、何事もなくてよかったですね。ええ……。(胸中複雑すぎて「orz」な気分。)


 こちらは無事に終わりまして。このまま午後出社の予定でしたが、とりあえず家にいる妹くんの具合はどんなもんかと電話を入れてみる。……ダメだ、声が死んでるぞ、おい……。
 尋常ではなさそうな状態で、母も心配しているので結局家に戻ることに。この週、結局木曜日の午後からしか出社してません。


 家に帰ると妹くん、顔面蒼白。掛かり付けの先生の診断では「腸炎とか、腸カタルの類ではないか」と。熱も37.2度しかなく、吐き気もない。とにかく腹が痛いという。
 結局ずっと寝ていたのですが症状が治まる気配もなく、その夜、心配した父が「自宅近くの公立病院の夜間救急外来に行こう」と言い出したのだが、最近の病院の機能統合なんかで、大きい病院の夜間外来は「救急センター」なんかになってしまっているので、本当に行っていいものかどうか悩み、結局、市の健康センターでやっている時間外診療へ掛かることへ。ここの当番の先生(市内の医師会所属の先生の持ち回り制)に見てもらい、ヤバそうなら救急センターの方へ連絡を取って回してもらおうかと思ってな。
 で、こちらの先生も「腸炎ではないか」との診断。位置的に「盲腸(虫垂炎)」の可能性もなくはないが、腹痛以外の断定できる症状がないとのこと。「明日になっても状態が変わらなかったら、もう一度掛かり付けの先生に診てもらって下さい」と言われ、とりあえず痛み止め等を処方してもらって帰宅する。



 10月2日、土曜日。
 朝10時頃。痛みでほとんど眠れなかった妹くん、頭がパニック起こして泣き出す。そして滅多に泣くことのない娘の姿を見た父が焦る。(落ち着け)
 しょうがないので起き抜け10分後、飯も食わずに再び掛かり付けの先生のところへ。昨日、先生のところに掛かった以降のことを話して、診察。そしたら「虫垂炎(盲腸)の可能性があるので、専門の先生に診てもらいましょう」ということで、前の晩に行くか行かないか揉めて結局行かなかった公立病院の方へ連絡を取ってもらうが、なんとタッチの差で盲腸どころではない、「脊椎損傷の重症患者」が運び込まれた上、週末だったので外科の先生に空きがなく、「来ても見られるかどうか分からない」とのこと。その病院から隣の市の病院を紹介されて、掛かり付けの先生が連絡を取って紹介状を書いてくれる。
 父の車でそのまま隣の市の総合病院へ運び込み、暫く待たされた上でお会いした先生は50前後のベテランな雰囲気。そしてエコー掛けた診断結果は「虫垂炎ですね」。さすが外科。5分で結論出たよ。(掛かり付けの先生は、内科と小児科がメイン。)
 「手術をする、しないはレントゲンと採血してから判断しましょう」と言われ、取ったら取ったで「このあと午後……他にもう1件入ってるから、夕方からかな。手術ですね。入院は破裂してなければ1週間。してたら3週間」ときた。


 ……あははははははは……。
 家族2人同時に入院ですかっ!2人とも病院が別々ですよ。冗談でしょっ!?ネタ?


 ……これが冗談でもネタでもないのか、今回のツライところ。
 この瞬間、私は壊れて「入院か。そうか。何かのネタみたいだな。おもしれーっ!あはははははは……」とマジで笑った。そしてそれは他の人、家族にすら「すごいポジティブなヤツ」と勘違いされた。あの瞬間、笑う以外に何が出来るっつーんだ……。
 着々と入院準備が進み、病室へ。妹くん、既に顔面蒼白どころの話じゃございません。何がどうなってんだか分からなかったらしい。「早くこの腹の痛みを何とかしてくれ」って感じで。


 さて、ここで父と私、役割分担をせねばなりませぬ。
 1.手術前の付き添い〜手術中の家族待機
 2.自宅に戻って入院準備〜必要なものの買い物〜母の大学病院に行って頼まれた物を置いてくる〜妹くんの入院いる総合病院に戻ってくる


 ……役割分担は決めるも何もありませんでした。
 2は父にはどう考えても無理でした。(号泣)
 入院時に必要なものが何処にあるのか、父には分かりませんでした。そして何が足りないのかも分かりません。母の入院した大学病院へ行ったことがない上、持って行くものも何か分かりません。


 ……ああ、行くよ。私が行くさ。 orz


 総合病院の面会時間は午後8時までなのだが、この時点でどう考えてもその時間までに戻って来られない。そんなわけで看護婦さんに「スミマセン、今、母も大学病院の方へ入院中で、そっちも回ってくるので、ちょっと遅くなるかもしれません」とお話しすると、めっちゃ同情されました。
 ……いや、手術室から手を振りながら、満面の笑顔で出てきた人なんですけどね……。


 車なら自宅から30分くらいで行ける総合病院ですが、公共の交通機関を使うと、うちと駅とを結ぶバス路線がかなり少ない場所なので、結局小1時間ほど掛かるのでした。(普段通勤で使っているのとは別の路線、別の鉄道会社。方角も全く逆。)
 何とか自宅に帰り着き、入院準備開始。鞄を引っ張り出し、家の中を駆け回る。
 意外によく使うタオルは、母がごっそり持っていってくれやがったのでした。その他、買い物リストを作るが、結局かなりの量を途中で買うことに。
 荷造り中、母から電話。母は昨日の晩、時間外診療所に行く前までのことしか知りません。(病院から電話をしてきた。)『どうなった?』と心配そうに聞いてきます。
「えーっと……色々あったんだが、手っ取り早く言うと盲腸で、今、病院でぼちぼち手術する頃」
 ……そりゃ母だってビビりますがな。妹くん、大きな病気一つしたことのない、健康なヤツですから。今回より前に掛かり付けの先生に掛かったのは「10年前の麻疹」って人ですから。
 母曰く、『そんな時に私が入院しちゃって……』とのことだが、いや、だってあなたの方は予定通りだから。突然なのは妹くんのほうだから。


 ……てか、誰か私の心配もして。
 まだこの時点で「37.7度」あったから。(母36.8度、妹くん入院時37.3度)
 今週、ずっと薬で一時的に熱下げてただけだからぁぁぁぁぁ……。・°・(ノд`)・°・


 普段イベントで使っているカートに荷物を詰めた鞄を付けて家を出る。(意外な時に役に立ってくれました。カート。)そして母の大学病院へ向かう途中でごっそり買い物。その荷物を更にカートに積み、大学病院へ向かう。
 大学病院の方の面会時間は午後7時までなのだが、ナースステーションで面会者の名前を書くなんてこともなく、基本的には時間にそれほど厳しくないところなので7時ちょい前に着いて、7時15分くらいに病院を出るなんてことも出来るのでした。
 途中で買い物したものを広げ、値札を取りながら、昨夜から今までのことを母に話す。そして母は言った。
「いや、正直言って、入院したのがアンタじゃなくて良かったわ……」
 そりゃ私も思いました。私が入院して、妹くんが入院準備。……無理です。病院から「入院に必要なものリスト」を貰いましたが、そこに書かれているものは「必要最低限」で、実はその倍くらい必要なものがあるということは、経験者じゃないと分かりません。妹くんは多分、そんなこと知らないでしょう。
 そもそもヤツには、病院絡みで私と同じように立ち振る舞うことは出来まいて。(嫌な「慣れ」ですが。)
 ……でも、出来れば私の体調がもう少し回復してからが良かったです。(泣)


 荷物を詰め替えて、「ごめんね。もうちょっと頑張って」と励まされて大学病院を出る。そして総合病院へ向かうと予想通り、病院到着は午後8時過ぎでした。
 手術は無事終わったそう。一時最高でも上が80まで落ちた血圧も、薬を入れたらすぐに戻ったそう。手術直後にはよくある症状なので、話を聞いてもそれは大して気にするほどではない。
 何事もなければ1週間で退院とのこと。痛みも治まってぐっすり眠る顔に赤みが戻ってきてホッと一安心。
 結局父と共に病院を出たのは午後9時でした。……が、駐車場出口の料金所の機械が壊れ、バーが上がらずに夜勤の事務員を呼ぶ羽目に。結局駐車場から出るのに30分近く掛かりました。
 ……そんなオチはもういらん。(疲労困憊)
 結局、父と私、この日はほとんど何も飲食していない状態。今更家に帰って晩飯の仕度をする気力もなく、家の近所の回転寿司に行くが、あまりにも食欲がなく、2人で14皿。……食欲ないにも程がある。


 2人入院ですよ。
 ……いや、予想以上に大変でな。


 月曜日。朝6時半起床。父を先に送り出し、家の中を片付けて出勤。積もり積もった仕事を片付けること十数時間。それでも全ては片付け終わらないまま、夜の11時過ぎに会社を出る。電車はまだ各停があるが、どう考えても駅からのバスがない。結局父が迎えに来てくれて夜中の1時に帰宅。それから家のことをバタバタとやって、午前3時過ぎに就寝。
 火曜日。午前6時半起床。(泣)前日と同じように父を送り出し、家の中を片付けて出勤。この日は午後3時過ぎに早退して、途中妹くんの方で足りないものを買い足して、総合病院へ。小1時間面会のあと、帰宅して洗濯、夕飯の支度、その他もろもろ。雨が続いてくれたせいで乾かない洗濯物にアイロンがけをしていたら、やっぱり夜中の3時就寝。
 水曜日。やっぱり午前6時半過ぎに起床。あとは前日と同じく午後早退。今度は母の大学病院へ顔を出し、その後、妹くんの総合病院へ。帰宅したのが午後8時過ぎ。それからまた夕飯の支度して家のことやって……もう、「以下略」な感じ。
 木曜日。月曜日と同じような状態。違っていたのは、この日、久々の晴れ間が覗いたので朝っぱらから豪快に洗濯をして出社。十数時間働いて帰宅がまた夜中……。(号泣)


 母の方は「自分で洗濯するからいいよ〜」と言うので半分放置。だが、妹くんの方は放置できず。本人、かな〜り不安がっていましたからな。結局は私が行けない日は、定時退社してきた父が病院へ行ったという厚遇ぶり。(笑)
 何が辛いって、この週、とにかく雨が続いて洗濯物が乾かない。部屋の中に翻るパジャマとタオル。(苦笑)あんまりにも乾かないので、アイロンとお友達になる。……そしてアイロン台を壊した。(いや、決して私のせいでは……。)


 この週の救いは、金曜日。私の方が元々会社が休みだったこと。週末には妹くんが退院できるだろうということで、平日の4日間を何とか乗り切れば……という。


 休みだったにもかかわらず、金曜日も金曜日で大変でしたが、妹くんはこの日に抜糸、翌日退院が決定したのでした。
 ……そしてこの日の午前中、時間を見つけて、「私が」掛かり付けの先生のところへ行く。
「先生、熱が下がりません」
「ゆっくり休んで……っていうのも無理な話なんだろうねぇ」
「無理ですねぇ。この後、病院2軒回ってきますから」
「台風来てるから気を付けてね……」
 先生に同情されたのは初めてです。(爆笑)
 この日、ちょうど総合病院の方から掛かり付けの先生の方に経過報告書のようなものが届いていたらしく、それを見ながら「本当に色々大変だったんだね……」としみじみ言われました。紹介状を書いて頂いた先生の所には、ちゃんとその後の経過報告書が届くんですね。初めて知りました。(まあ、常識で考えれは当然のことだろうが、時々非常識なのことが医療界では起きるので……。)
 とりあえず帰宅後、薬飲んで、午後に合羽着て旅に出ました。(長旅)


 慢性的に睡眠時間が足りなかったので、移動中に転寝したりするんですが、あれ、ヤバイっすね。ふと目を覚ました瞬間、自分が何処にいて、何処に向かっているのか分からなくなるっていう。(苦笑)
 更にはとにかくいろんなバス経路を使って移動していたので、うっかり寝過ごすととんでもないところ(普段乗ることがない路線だから、未知の世界)へ連れて行かれるという。……まあ、そこまでのことはしませんでしたが。
 特に妹くんの方へ行くのにいろんな路線を使ったので、「今日は●●から▲▲行きのバスに乗ってここまで来たの〜」と話すと、「そんなにバス路線駆使して来る人、滅多にいないよね」と半分呆れられた。……というか、うちの地元では意外に知られていない路線が意外に使える路線だったりするだけの話。


 いつだったか。
 その日のご飯がフライだったので、台所でキャベツの千切りをしていたら、父が「へー、お姉ちゃんも出来るんだ」。
 母の怪我から、暫く妹くんが台所に立っていたのだが、ある日、妹くんが台所で千キャベ作っていたところ、父が「へ〜、出来るんだ」と感心したことがあったのだが。
 …………私にその言葉を言いますか?
 妹くんがまともに台所に立つようになったのは、この春からです。それ以前に母が出掛けたり、寝込んだり、年末の忙しい時期には私が台所に立ってましたが?それこそ10年以上前から。
 思わずプチギレ。(睡眠時間、足りないから。)
「今更何言ってんの。失礼なっ!」
 それで、「うちはよく通販などで売っているスライサーはいらないなと思って」と父が言い訳。思わず言ったさ。
「うちにスライサーがあったら、千キャベ作るのも、大根下ろすのもアンタの仕事じゃっ!」
 ……ちなみにこの件は、母と妹くんに愚痴った挙句、その後暫く根に持ってました。(しつこい)


 あとは「恐怖の枝豆事件」。
 水曜日に母の実家から宅配便が届く予定だった……というのは、実はその配達の際に入れられた不在票に気付いたのは金曜日の昼でした。(びっくり)
 そもそもそんな時まで気付かなかったのは、いつも来るクロネコやペリカンならドアに挟むか、郵便物を入れるポストに不在伝票を入れてくれるのだが、荷物を持ってきた佐川は普段滅多に開けない玄関ポストに放り込みやがったからです。
 ……で、金曜の夜に届いた荷物を開けると、大量のお野菜が満載。………助けて〜っ!
 うち、生協を取っていて、その配達が金曜なんだが、母の入院は予定通りだが、妹くんまで入院するとは、一週間前には誰も思わず。なので、生協でほぼ4人分の食材が届いたその晩、また、大量の野菜ですよ。そもそも先週届いた分も大量に余ってますよ。食い切れず、賞味期限とバトルを繰り広げてましたよ。そしてもう既に冷蔵庫も収まるところがありませんよ。
 更にはその箱の三分の一を占めていたのは枝豆ですよ。スーパーのビニール袋、それも最大の大きさの袋に破れんばかりにみっちり、キロ単位の枝豆ですよ。生で。これは「茹でろ」ってことですね。このまま置いておいたら腐りますね。どっちにしろ食べきれないから、茹でた後、豆だけ出して冷凍ですね。(冷凍庫も入る場所あるかどうか……。)
 ……………………助けて〜っ!
 この晩、もう真夜中の完全に日付が変わった頃に大鍋出してきて、「塩揉み→茹でる→扇風機の風に当てて冷やす(水で冷やすと味が落ちるので)」コースを5回転。この週の平均睡眠時間が3時間なので、30分でも隙があったら寝たいのに、終わったのが夜中の2時
 ……結局、田舎から届いた大量の野菜の半分は、ご近所でいつも家族ぐるみのお付き合いをしているお宅(そしておばちゃんは母の同僚)へ「助けて……」というメッセージと共に押し付けてきました。(おばちゃんは、心配して電話を掛けてきてくれた上、妹くんのお見舞いにも来てくれたのでした。うちの母が休職して仕事が忙しい上、あちらのお宅も、おばちゃんの実家のお母さんが倒れて何かと忙しい時に。「向こうに行く通り道だから気にしないで」と。)


 そんなこんなで入院から丸1週間。10月7日の土曜日に妹くんは無事退院。入院・手術・検査費用の10万弱払って退院です。健康保険万歳。(保険利かずに全額負担だと「30万」掛かりましてよ。)
 まあ、この費用も掛けてる生命保険の方で後々戻ってくると思いますがな。
 
 退院の日、思いっきり台風来てた日だけどね。午前中に退院して、午後、母のところに顔見せに行ったら、その帰り、思いっきり東京に直撃されている真っ最中に車で水浸しの道路走ってたからね。(父、必死)


 妹くんが退院したものの、「食べ過ぎないでね」、「食べる物に気を付けてね」、「重いもの持たないでね」等々、当分無理出来ず。まあ、少しでも家のことをやってくれるので、有り難いんですが。
 さすがにこの週、来ましたね。疲れがどっと。木曜日にまた熱出して起き上がれなくなりました。ひたすら寝てるだけ。それでも1日寝てたら落ち着きましたが。


 妹くんの様子にハラハラすること1週間。10月16日の土曜日。母も何とか無事に退院と相成りました。
 どちらも当分、通院があるんですがね。


 とりあえず出てくる人が出てくると安心するものです。少なくとも家事はやらなくて済むので。(笑)
 家族が揃って安心したのか、その後1週間、またガタッと体調崩してひたすら寝てたり、フラフラになりながら会社行ったりしてたらこんな時期ですよ。
 ……時の流れって早いわ〜。


 ここに書き切れない細かいことも山のようにあったんだが、こんなとんでもない状況でも救いは、どちらの主治医も「すごくいい先生」だったということかと。
 母の方は春に手術をしてくれた先生ですが、全く「大学病院の先生」という感じてはなく、話をしていると、頭のネジが一本ぐらい飛んでそうな、どこか天然ちゃんな方。(苦笑)腕も人柄も、もの凄く良く、看護師さんの評判も、患者からの評判も絶大な方でした。出向先だった前の病院の看護師の家族が、大学病院に戻ったこの先生を追いかけて、大学病院に掛かりに来ちゃうくらい。(笑)
 妹の方はいかにも外科の先生っぽいんですが、私らの間では「こん平師匠」と言われております。(「笑点」でお馴染みの林家こん平師匠。)雰囲気があんな感じ。でも話を聞いてて「大丈夫、大丈夫」と言われると、本当に大丈夫な気がするという、そんな先生でした。
 病院に駆け込んだ土曜日、この後手術だと言う時に先生が言った言葉があります。
「大丈夫。盲腸だから大したことないよ。今日土曜日だから、俺らもちゃっちゃと済ませて、さっさと帰りたいんだよね〜
 病院慣れしていない方なら「何てこと言うの!?」と思われるかもしれない台詞ですが、私と父はその言葉を聞いて「ああ、この先生なら大丈夫だ」と確信しましたからな。ちゃんと患者だけでなく、家族のことも見てた先生です。私ら家族が、「そんな冗談もちゃんと通じる相手だ」ということを見抜いたから言ったんですな。
 入院中も妹くんは色々と愉快なことを言われたそうで。(一回、面会に行った時に、先生がナースステーションで額に怪我をした看護婦さんの手当てをしているところを見掛け、その時も「嫁入り前だから、ちゃんと痕が残らないようにしてあげるからね〜。あ、ゴメン、嫁行く宛がないか」「先生、ひどーいっ!(笑)」なんて会話をしてましたが。)
 ちなみにこの先生、私がすっごくしっかりした人間に見えたようで、手術中に妹くんに「……あの人、お母さんじゃないよね?」とか聞きやがったそうです。(妹くん。「違います、姉です。あの人、昔、入院経験があって病院慣れしてるから、こういう場でもビビらないだけなんです〜」と説明したらしい。)



 とりあえず、次、誰が入院しても「ドンと来い!」ですが、同時に複数入院だけは勘弁して下さい……。(むしろ「次の入院候補」と言われて早1週間。何とか無事、日常生活を送っております……。)


 こんな状況でも、とりあえず10日はJ・GARDENに行きました。
 新刊を出したかったんですが、無理無理無理無理っ。あの状況で新刊出せたら、きっと私は神になれる。(笑)
 そもそもこの前の週がしっちゃかめっちゃかだったもんで、売り子をしてくれるサクラダくんに「もしかしたら荷物引き取って貰って、開かないでいいから、送り返すだけやってもらうかもしれん」と予告メールを出す始末。
 フラフラでしたけどね。まあ、あの雰囲気が好きなので、リフレッシュにはなりました。
 ……新刊出したかったけどね。(号泣)
 ちなみにこの日、ジュンク堂でごっそり買い物して、ちゃんと帰って晩飯作りましたさ。



 で、24日はCity。Webの更新もままならなかったので、サークルSpもUp出来なくて申し訳ないです。(でも、基本的にサークル名は変わりないので、探すのは楽かと。)
 J・GARDENで諦めた新刊が出……るわけもなく。(原稿を書くにも「勢い」とか、「ノリ」って大事さ。……疲れが取れなきゃ、それも無理さ。)
 久々の西ホール利用のCity。なんかまったりしてたなぁ。
 ふらふら〜っとさ迷い歩いて妙なところで引っかかってみたりしてな。
 まあ、少し気力が戻ってきているので、「頑張ろう!」のエネルギーは充填出来たなと。



 そんなこんなですよ。
 ……あと一週間で10月が終わりますよ。(泣)
 今月の日記の更新、あと一回あるかどうかか?
 他の更新……スミマセン、もうちいとお待ちを……。



 ところで新潟の地震、とんでもないことになってますが、皆様や身内の方、友人、知人の方々は大丈夫でしょうか?
 東京も揺れましたが、「震度6強」はツライですな。余震もかなり大きいものが続いているようなので、充分気を付けて下さいまし……。( ̄人 ̄)



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