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「June」のリアリティ



 「リアリティー(reality)」=「現実、実在、実在性、迫真性」


 「June」は女にとって「ファンタジー」の一種。
 痛くもかゆくもない、生々しさもない。それでもって自分の深層心理に潜むものを表現できる手段の一つ。


 「読み手」の視点は置いといて。
 「書き手」になったとき、多分、一度はぶち当たるのが「リアリティ」の問題。
 「ファンタジー」なのに「リアリティ」。
 追求し始めたらキリがない。


 現実の「男×男」は、「ホモ」、「ゲイ」。
 「June」で「攻×受」で示される関係は、現実では「タチ×ネコ」らしい。
 そして「June」の中で示される性関係は、現実にはあまり行われないそうな。(「あんなにガツガツ動けるかいっ!」ってのが、ゲイの人達の共通見解らしい。まあ、実際入れるとなると、本来は「入る」ところじゃなくて「出す」ところだから、行為前も後もかなり大変らしいが…。いや、男に限らず、女だって大変だってさ。)


 「ゲイ」の姿を「リアル」に描いたら、それは「ゲイを題材とした作品」であって、「June作品」ではないわけです。
 かといって、人間の体の仕組みを完全に無視したら、それはもう、どう考えたって「人間」じゃないわけです。男にケツ以外の別の穴があったら、生物学的におかしいもの。それこそ「リアリティ」のカケラもない。(もちろん、リアリティを追求していない作品だったら、それこそ何でもアリですが。)


 「ゲイを題材とした作品」に限りなく近い「June作品」が、もしかしたら一番「リアリティ」があるんじゃないだろうか。


 ただし、読み手も書き手も、それを「すんなり受け入れられるかどうか」が問題なんだけど。


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