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螺旋階段 1


Chapter 1


 駅から線路沿いの道を進むと間もなく、右手に道幅の広い上り坂が見える。左カーブの緩やかなその坂を登ると、道はまた平坦になる。
 しかし、すぐに再び坂が現われる。今度の坂は傾斜角二十五度を誇る急なもの。手前の坂は五度程度であることを考えると、目の前に現われたそれは、まるで壁のように感じる。
 近くにもう少し緩やかな坂があるので、そちらへ迂回する人も多い。バス路線もその道だ。そのため、車の交通量は多くない。
 近くにある中学や高校の運動部が時々ランニングに使ったり、自動車教習所が路上講習で坂道発進の練習に使ったりと、これはこれでなかなか使い道があるらしい。競輪場がある隣りの市に住んでいたとある競輪選手が、この坂のためにわざわざ近所に引っ越してきたというのは、この辺りでは割りと有名な話だった。
 螺旋階段のあるマンション。
 それは、この坂を登り切ったところに建つ十五階建てのマンション。この辺で一番高い丘の上にある、一番高い建物だ。十五年ほど前に建てられたそれは、十キロ先からでも見ることのできる目印のような存在だった。
 そしてそれは、彼らの育った「家」だった。


 早春のまだ肌寒い風の中、彼は駅前の駐輪場から乗ってきた自転車をいつもの坂の前で降り、ふと前を見ると……。
「バカがいる……」
 坂の中腹に自転車に跨った人間が一人。頑張っている様子は遠目からでも分かるのだが、前進している気配がない。
 同じ制服、見覚えのある背中に見覚えのあるシルバーの自転車。紺のダッフルコートが見当たらないが、多分、鞄と一緒に籠の中なのだろう。物心付く頃から同じマンションで暮らす、お隣さん、兼、幼馴染み。
 競輪選手のように、よほど脚力に自信がなければ、この坂を自転車で登るのは難しい。自転車を降りて引いていった方が、明らかに早いのだ。
 目の前の「バカ」は確か、一本前の電車に乗ったはずだから、十分は早くたどり着いたことになる。まだここにいるってことは……。
 登り馴れた坂を自転車を押して上がり、ヤツの隣りに並ぶと、ヤツは「あっ」というような顔をして、次の瞬間、嬉しそうに笑った。その笑顔に彼は異常なほど腹が立ったので、思わず自転車ごと蹴り飛ばしてやった。


「うわあぁぁ……」


 ガッシャーンッ!


 バランスを崩したヤツは、自転車に乗ったまま坂道を五メートルほど滑り落ちた。彼がそのまま無視して坂を登ると、すぐに自転車を降りたヤツが追い駆けてくる。
「何、不機嫌撒き散らしてんだよ」
「別に」
 パンパンと制服の砂埃を払いながら、ヤツは隣に並んだ。どうやら自転車を漕ぐことを諦めたようで、彼と同じように押している。
「まだ怒ってんのかよ」
 その言葉に、彼の目付きが鋭くなった。
「誰のせいだ、誰のっ!」
 蛇に睨まれた蛙のごとし。ヤツはその恐怖に、一瞬、その場に立ち尽くした。
「でも……俺が謝ることじゃないし……」
「謝って済むことなら、とっくに事は終わってるわっ!」
 何とも不思議な会話である。片方は謝ることではないというのに、もう片方は怒っている。それも強烈に。
 坂を上がりきって、マンションの敷地内へ。彼が先に自転車置き場へ自転車を止め、エントランス内へ入ると、ヤツが走ってついてきた。ポストを覗き、入っていた郵便物やチラシを取って、エレベーターで十二階に上がった。その間、二人は一度も口を聞かなかった。
 十二階の西の端、一二一六号室が彼の、一二一五号室がヤツの自宅だった。共に両親共働きのため、昼間は家にいない。鍵を開け、ドアを開けると、彼は何も言わずに家へ入った。
 カチャリと鍵の掛かる音を聞きながら、ヤツは思った。


 ……相当怒っているらしい……。


 彼―――深谷晶久(あきひさ)と、ヤツ―――藤田智紀(とものり)の間には、今、微妙な感情が入り乱れていた。
 物心付く前から隣同士で、同い年のため、常に一緒にいた。保育園、小学校、中学校も当然一緒。挙句の果てには、晶久が私立の高校を受験すると知って、智紀は「絶対安全圏」だった公立を捨て、出願二週間前だというのに「確率六割」だったその高校に希望を変えたほどだ。
 クールな晶久と、お調子者の智紀。性格こそ違っていたが、互いのことは解かっているつもりだった。意見が食い違ってケンカをしても、お互いを解かっているから許せたのだが。
 今回ばかりはそうもいかなかった。


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