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螺旋階段 1


Chapter 3


 晶久は制服を脱ぎ、ネックのセーターに着替えてから台所に向かう。冷蔵庫の奥に野菜ジュースの缶を見つけると、一瞬迷う。「晩飯の料理か何かに使うかな?」と思ったが、結局は「まあ、いいか」と手を伸ばして取り出した。
 終業式後に配られた成績表と、ひと月ほど前にやった全国模試の結果を眺めていると、玄関から「ガタン」と、ドアが揺れた音がした。多分、智紀だろう。残念でした。鍵、閉まってます。
 チャイムが鳴ったが無視。何度か連打されたが、ことごとく無視すると、すぐに静かになった。
 五段階評価で評定平均四.七。学年末テストのクラス順位は十番台。模試の結果は校内で一桁台。全国でもギリギリ百位以内に入っていた。国公立理系クラスではあっても、別に東大やら京大を狙っているわけではないので、こんなもんだろう。この成績で、日々全国順位を競い合うクラスの連中にそんなことを言ったら、ブン殴られるだろうが。
 大切なのは成績じゃない。その結果で、夢が叶えばいいんだから。
 テーブルに成績表と模試の結果を置いて、ベランダに寄った。丘の上の十二階。我が家のリビングからの見晴らしは最高。近くに邪魔する建物もない。遠くまで見渡せるその景色のあちらこちらで、春の気配が感じられた。来週にはきっと桜が満開。
 カーペットの上に転がって、トマトジュースを飲みながら新聞を広げる。テスト中は勉強に集中してしまうために、世情にやや疎くなる。何でもかんでもこなせるほど器用ではないのだ。
 ベランダのほうからガタンッ、と物音がした。音の方向からすると、智紀んちに鳥でも突っ込んだか?
 見晴らしがいいということは、逆に外からも見られているということだ。さすがに室内までは見えないだろうが。十二階の我が家に泥棒が入るはずもない。地上からの高さも相当あるし、外から丸見え。そんな危険を犯してまで侵入してるバカはいないだろう。ハトがベランダにやってくることはたまにあるので、そう考えるのが普通だ。
 しかし、その物音は、隣のベランダから「非常時脱出口」という名の、天井まである一枚の薄い板を、「外」から越えてやってきた。
「……ゲッ……」
 ベランダに姿を現したのは、筒状に丸めた答案用紙を口にくわえた智紀だった。
 新聞も缶もそのままで、慌てて窓に近寄り鍵を掛けようとしたが、一瞬遅かった。このマンションで、六階以上にいる住人のほとんどがベランダの窓に鍵を掛けていない。「ベランダからの侵入者がいるわけがない」からだ。
 咄嗟に逃げようとしたが、入ってきた智紀に腕を掴まれた。
「何故逃げるっ!」
「仕切りを乗り越えて入って来る奴がいたら、誰でも逃げるわっ! バカっ!」
 智紀の「それもそうだな」という納得に、掴まれた腕を振り切って、彼の頭を思いっきり殴った。
「いでっ」
「万が一、手でも滑らせて下まで落ちたらどうすんだっ! ドアホっ!」
 智紀は叩かれた頭を擦りながら文句を言う。
「だったら、チャイム鳴らした時に出ろよ。玄関から入れないから、ベランダ伝ってきたんじゃんかよ」
 その言葉に、晶久はムッとした。智紀の胸倉を掴んで睨む。
「テメー、自分がやったことをもう忘れたわけじゃねーだろな。人のことを強姦しようとしとして、『家に入れろ』だと? そんな危なっかしい奴をわざわざ招き入れるバカが何処にいるんだよ」
 すると智紀は晶久を指さした。
「ホラ。俺、『危なっかしい奴』だもん。ベランダくらい伝うさ」
 この野郎、もう一発殴ってやろうか……と、晶久が拳を上げたその時、「はい、これ」と智紀が掲げたのは、今日返ってきた数学の解答用紙。
 四十一点也。
 ……ちょっと待て。
「私大文系クラスの数学赤点ラインは?」
 胸倉を掴んだまま尋ねた。
「に、二十六点……」
 何のかんのと言いながら、結局安全圏ではないか。
 そう思った瞬間、晶久はあることに気が付いた。もしかして……。
「智紀、テメエ……人のことハメがったな……?」
 智紀の口元がニヤリと笑い、視線が宙を泳いだ。「まだハメてないのに〜」と小声で呟きながら。


 ………………ブチッ。


 晶久の拳が容赦なく振り下ろされたが、それは智紀の両手で止められた。そのまま手首を掴まれ、背中でひとまとめにされると、腕の中へ。「離せ」ともがいてみるが、解放されることはなかった。
「あのさ、とりあえず、弁解というか、話くらいはさせてほしいんだけどな」
 晶久の肩に顎を乗せた智久が、小さく溜息をついた。
「物心ついた頃から、年がら年中顔会わせてた奴に一週間会えないって、結構シンドイのな。また、これが自分にとって特別な人間だからさ……」
「自業自得だろうが」
 晶久の淡々とした言葉に、智紀は苦笑した。
「それは分かってるんだけどね。でもさ、自分にとって特別な存在の相手がいたら、その相手から見た時に、同じように自分は特別な存在になりたいわけよ」
 智紀が言わんとしていることは理解できるのだが、その言葉の先を考えてみると、晶久は素直に頷くことができなかった。
「お前の言ってることは、理解できないこともないけど、それってさ、自分のエゴ以外の何者でもないだろう。相手を自分の思い通りにしたいって感情は幼児性が強すぎるよ。お前は自分の考えが 『ワガママかも……』とか、『相手にとって負担になるかも……』とか考えないのか?」
 急に体が開放されたと思った瞬間、智紀は目の前でヘナヘナと座り込んでしまった。
「それは百も承知なんだけどさぁ。そういうんじゃなくて……」
「じゃ、どういうんだよ」
 晶久のダメ押しに、智紀は頭を抱えて唸っていた。
 彼の言うことはある種の正論。しかし、論破されている場合ではなく、逆に論破しなければならないのだが、口ではいつも敵わなくて……。
 しばらく唸った後、智紀は顔を上げて、「恋愛って何?」と晶久に聞いた。腕組みしながら見下ろす晶久は「俺に聞くか?」と素っ気無く答える。
「初恋くらい終わってんだろ」
「んな昔のことは忘れた」
「それじゃ、初めてヤッた女との話でもいいや」
 次の瞬間、智紀は咄嗟に頭上で腕をクロスさせて頭を守った。すぐ後に、表情一つ変えずに晶久の踵落しが炸裂。制した腕全体にズンッと重みと痛みを感じる。まともに食らったら脳震盪を起こして、しばらくぶっ倒れたままだろう。
「チッ……」
 晶久の舌打ちが聞こえた。
「殺す気かっ!」
「殺るなら先週殺っときゃ良かったぜ」
 ベランダを渡ってきたことを怒鳴り付けた人間とは同一人物に思えない発言だった。どうやら相当怒っているらしい。
 智紀は咄嗟に晶久の脚を取って、カーペットの上に押し倒した。バランスを崩した晶久は、上手く受身を取って頭を守る。そして空いていたもう一方の足を智紀の顔を目掛けて振り回した。
「甘いっ!」
 その足も取り、智紀は一瞬の隙を突いて晶久の両膝の上に座った。これなら上半身を起こすことは出来ても、立ち上がって逃げ出すことはできない。
 智紀は勝ち誇ったような顔をしながら、仰向けに転がる晶久の顔を覗き込んだ。
「恋愛ってさ、結局、自分のエゴじゃねーの? 『ワガママ』だとか、『幼児性』だとか、そんなの当たり前のことでさ。だってそれが『本能』だろ。自分の想いを遂げたいんだからさ」
 晶久は呆れた顔をしながら前髪を掻き上げた。
「偉そうに語る前に、『動物の本能』の正確な意味を考えてみろ。オスがオスに求愛したって、何も残らねぇじゃんかよ。本当に『本能』に忠実な奴が、同性に求愛どころか、発情するかよ」
 智紀はガクリと肩を落とした。そう返されるとは思わなかった。
「ダメだ。やっぱりお前には絶対、口では敵わねぇ」
 ……となると、残る手段は一つである。  智紀は自分のシャツの袖口をたくし上げながら高らかに宣言する。
「実力行使っ!」
 晶久の顔色が見る間に変わった。肘を突いて体を半分だけ起こす。
「ちょっ……マジかよ……」
「マジ」
「それ、一応『強姦』って言うんだぞ。立派な犯罪……」
「お前が警察に行って、被害届を出せば……の話だろ。ただ、今の司法で野郎同士の事が『強姦』の認定を受けるかどうかは知らん。フツーの『暴行』と同レベルで処理されるんじゃねーの?」
 智紀はとんでもないことを平然と言いながら、晶久のベルトに手を伸ばしてきた。晶久はその手を何度も払おうとするが、智紀は一向に諦める気配がない。ベルトに触れる度に、確実に作業を進めていく。
 ウエストが緩くなったと思った時、既にチノパンのボタンまで外されていた。晶久は咄嗟に起き上がり、ファスナーを下ろそうとしていた智紀の両手首を掴む。
「ちょっと待てっ!」
「ヤらしてくれるならいくらでも待つけど」
「そ、それはかなりイヤなんだけど……」
 なかなか視線を合わせようとはしない、晶久の顔は真っ赤だった。
「そ、それ以外の妥協案はないのかっ?」
 智紀は掴まれていた右手を振って手を払い、晶久の顎を掴んで自分のほうを向かせた。それでも尚、彼は視線を合わせようとはしない。その顔はまるで恥らう乙女のようで……。
 何ていうか……スゲー、ヤバイ気分だよ……。
 思わずニヤニヤしながら、智紀は言った。
「じゃ、晶久からキスしてよ。濃厚なヤツ」
 晶久の目が点になった。そして俯いてしばし考え込む。
「それがイヤならヤる」
 晶久が慌てて「分かった」と頷いた。キスで済むなら安いもんだと思ったのだろう。
 一瞬、妙な間があり、晶久の視線が宙をさまよった。そして意を決したような表情をすると、「よしっ」と言って智紀を睨み付ける。
「キスするのに人を威嚇すんなよ」
「好きでやってやるキスじゃないんだから、文句を言うな」
「俺は好きなのに?」
 呆気に取られた隙をついて、智紀が素早く唇を重ねた。互いの唇の感触が妙に柔らかく、奇妙な気分になりながらも、半開きの唇から舌が動き出す。
 互いの前髪が頬をくすぐった。無意識に掴んだ腕に力を感じ、鼻から微かな香料の匂いがした。髪に付けていたムースかジェルの香り。
「んっ……」
 漏れた息はどっちのものだったのか、それを拾い上げたのはどっちだったのか。
 気が付けば、いや、気が付くことすら忘れて、二人はキスに没頭していた。


 小さなため息に雫を乗せて唇を離すと、互いの顔は真っ赤に上気していた。離れていても、体の熱を微かに感じる。触れているところが確かに熱い。
 智紀はうつろな視線を床に落としている晶久の鼻の頭に軽くキスをした。晶久は抵抗することなく、なされるがまま。
「まあ、これからじっくりと……」
 智久の呟きに、晶久が顔を上げた。その顔が引きつっている。何か言いたそうだったが、口を開いたまま言葉が出ない。
「何? 俺の最終目標は晶久と行くトコまで行ってラブラブよ?」
 結局、口ではなく手が出た。
 利き手で頬を思いっきり張られた智紀は、勢い余って吹っ飛んだ。
「いでーーーっ!」
 体を起こし、頬を押さえて文句を言うと、舌に血の味を感じた。今の勢いで口の中が切れたらしい。
 いや、そんなことを気にしている場合ではなかった。『キレてるヤツ』が目の前に……。
 パキリ、パキリと指の関節を鳴らし、引きつり笑いに怒りのオーラを背負って晶久が立ち上がった。
「もう二度とそんなこと言わんように、本気でシメとこうか?」
 その目はかなり本気だった。
「さっきのキスで感じてたのはお前も一緒だろうがっ!」
「やかましい! ツボ突かれたら誰だってその気になるわっ!」
「その気になっても、普通、されるがままだろうっ! 舌まで入れるかよっ!」
 次の瞬間、晶久が真っ赤になって殴り掛かってきた。それが怒っているためではないことは明らかだった。


 なーんだ。本人の性格同様、もっと小難しいのかと思ってた。これは『流れ』に乗せたら、簡単に落とせそうだなぁ。


 智紀はそんなことを考えながら、晶久の『照れの怒り』から逃げ回っていた。


螺旋階段1・END


螺旋階段 1 Chapter 1 Chapter 2 Chapter 3
螺旋階段 2 Chapter 1 Chapter 2 Chapter 3


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