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螺旋階段 2


Chapter 1


 布団と洗濯物が翻るベランダから身を乗り出すと、外の景色が春だった。
 建ち並ぶ住宅地の中に見える薄桃色と若葉色。ああ、春が来たんだな、と暖かな陽射しの下で無意識に微笑んだ。
 布団に頭を乗せると、春の柔らかな陽射しに暖められたそれに包まれて、そのまま寝てしまいたいような気がする。もう一、二時間ほど干したら取り込んで昼寝でもしようかな。……あ、ダメだ。そんな時間から寝たら、夕方の塾の時間に起きる自信がない。
 晶久は悔しそうに一つため息をつくと、パンッと布団を叩いて部屋に入った。


 チャイムが連打されたのは、コーヒーを淹れて飲もうとした時だった。
「ああ、ウザッ」
 その玄関の外でチャイムを連打している主が誰なのかは容易に見当が付く……というか、ヤツ以外にありえない。
「やかましいから連打すんなよっ」
 玄関のドアを開きながらそう文句を言うと、ヤツよりも先に見覚えのある黒いファイルが入ってきた。マンションの回覧板。
「俺だなって、分かりやすくていいだろ」
 そう言いながら智紀は笑った。その姿に晶久の目が点になる。彼は制服姿だった。
「何、今から学校行くの?」
「ん、呼び出されちゃった」
 呼び出された?
 晶久は首を傾げた。教員達ですらまともに出勤していないような春休み中のこの時期に、学校から呼び出されるということは滅多にないはずで。
 晶久の疑問に気付いたのか、智紀は慌てて「あああ、別に悪い意味じゃなくて」と弁解する。
「バスケ部の助っ人。午後から練習試合があるのにレギュラーが一人怪我したんだってさ」
 晶久は頭を抱えて「その呼び出しかよ」と呆れるように言った。
 智紀の運動神経は人並み以上である。頭の方は校内平均を下回ることも多々ある……どころか確実に下回るのだが、運動能力はトップといっても過言ではない。
 元々、智紀は校内でも「入る学校を間違えた男」として有名だった。
 都内でも屈指の進学校。故に「文武両道」の「武」の方はイマイチである。もともと学校側も部活動にはそれほど力は入れていないものの、一応体育会系の部活は一通り存在していた。
 そんな状況の体育会系の部活である。過去に残した成績なんてたかが知れていた。とは言っても、一応やるからには「全国大会」を目指しているらしい。そのため各部は「優秀な人材」を欲していたのである。
 入学直後に行われた体力測定で智紀が叩き出した、高校生男子平均を上回る数値を知ると、各部は凄まじい「藤田智紀争奪戦」を繰り広げたが、彼にはいかんせん肝心な「文」の方に問題ある。最初の中間テストで体力測定の数値とはまるで逆の、それこそ「平均以下」、それも「過去にここまで酷い奴はいなかった」と学年主任に言われる数値を叩き出したがために、特定の部活に所属することは「学校側から」禁止されたのである。「こんな成績取っておきながら、部活なんぞやってる場合じゃないだろう」と。
 そんなわけで、智紀は特定の部には所属していない。一学期の中間テストは「問題の意味自体が分からなかった」という、摩訶不思議な迷言を残したものの、見るに見兼ねた晶久が徹底的に「教育」した結果、一学期期末テスト以降は平均に「かろうじて届かない」という微妙な位置に落ち着きつつあるにも関わらず、各部の部長は「あんな危なっかしいヤツを置いといたら、うちの部が学校側から睨まれて危険だ」と思っているらしく、一時のような「争奪戦」は見られなくなった。
 しかし、智紀は体育会系の部の全てに片足を突っ込んでいると言ってもおかしくない状況だった。
 そう、彼は体育会系各部の「共有財産」なのである。
 晶久はため息をつきながら頭を掻いた。
「バスケ部の助っ人って、あそこは部員が二十人近くいるだろ。何でお前が行く必要があるんだよ」
 智紀は苦笑した。
「あー、なんか因縁の相手らしいんだわ。『ぜってー負けたくないっ!』って佐山先輩、電話口で怒鳴ってたから」
 アホらし。
 晶久は呆れて手で払う仕草をする。
「とっとと行け」
 智紀はその手を掴むと一歩踏み込んできて、晶久をあっという間に抱き締めると無理矢理キスをした。
「うっ……」
 唸ったのは智紀である。直後、その体がくの字に曲がり、腹を押さえて痛みを堪えつつも笑うという、何とも情けない顔をしながら「もうちょっとで舌を入れられたのに」と悔しそうに言葉を漏らした。
 晶久の膝蹴りが見事に腹に入ったようだ。
「油断も隙もありゃしない」
 そう言うと晶久は智紀を玄関から叩き出してドアを閉めた。
 智紀は玄関の戸を叩きながらしばらく何かわめいていたが、晶久はそれを徹底的に無視した。
 五分後、ドアの覗き窓から外を見ると、彼の姿はなかった。




「いやぁ、バスケなんか久々だな」
 そう言いながら智紀が3ポイントエリアから投げたボールは綺麗な弧を描いてリングの中へ。周りはその光景に呆気に取られた。
 今はまだ、練習どころか準備運動すらしていないのだ。その上、学校に着いたばかりの智紀は制服姿のままだった。体育館に入るなり、転がってきたボールを手に取ると適当に放った結果がこれである。
「お前、絶対入る学校間違えただろ」
 智紀はバスケ部の部長である佐山にそう言われ、「それ、聞き飽きた」と苦笑した。
「最初の志望は都立だったんだけどね」
「都立? 何処よ」
「うちから一番近いトコ。チャリで十五分。合格率九割だったんで」
「スポーツ推薦とかは?」
 智紀は「あるわけないだろ」と言いながら、拾ったボールを佐山に投げた。
「中学ん時も部活やってなかったもん。空手は中二で辞めたし」
 中学時代の部活の状況は今と似たようなものだった。そもそもそれほど良い成績を残しているような部なんぞなかったし。まあ、何か一つくらい続けていれば推薦の一つも貰えたんじゃないかと思うが、どうも「これ」というものもなく。中学には武道系の部なんてなかったことだし。
 智紀は自分のバッグを拾い上げると、「着替えてくるね」と言って手を振りながら更衣室へ向かった。
 誰かが「変われるものならヤツと変わりたいよ」と誰かが呟いたが、佐山の「学年主任を絶句させた、あの頭でもか?」という問いに返事はなかった。

「藤田来てるって?」
 そう言いながら体育館に姿を現したのは、戸田、上嶋という、校内の名物コンビだった。
 佐山が露骨にイヤそうな顔をする。
「何しに来た。ホモコンビ」
 その言葉に戸田が露骨に反応。
「うるせーな、サル。テメーに用はない」
「誰がサルだっ!」
「俺は『ホモ』じゃない、『バイ』だ!」
「どっちでもいいわっ! 藤田に何の用だっ」
「藤田に用があるから来たんであって、サルに言う必要はないわっ」
 集まったバスケ部員達はしょうもない口論を聞きながら「レベルはどっちもどっちじゃねーか」と呆れた顔をした。
 上嶋は二人を無視して傍にいた後輩のバスケ部員に問い掛ける。
「で、藤田はまだ来てないの? 本人から今日バスケ部の助っ人するって聞いたんだけど」
「今さっき来て、更衣室で着替えてますよ」
「あ、そ。練習試合は何時から?」
「一応三時から。あと三十分くらいしたら向こうの相手が来るはずなんですけど」
「四時頃には終わってるか」
「多分」
 上嶋は時計を見ると「二時間くらいね」と小さく頷いて戸田に呼び掛ける。
「行くぞ、犬」
 その言葉に周囲の人間が一斉に吹き出した。意味が瞬時に分かったらしい。
「誰が犬だっ!」
 戸田が噛み付くが、上嶋は「うるさい」と言いながら戸田の頭を殴った。
「昔っからサルと仲が悪いのは犬だと相場が決まってるんだ。佐山がサルならお前が犬だろ」
 上嶋は「四時頃また来る」と佐山を指差して言うと、戸田の首根っこを掴んで引っ張った。
「水泳部の部室に篭って何する気だっ?」
 水泳部は二人が所属する部活だったが、実際の活動は屋外プールが使える夏場だけである。生徒の間では「水遊び部」と言われ、その気楽さから所属する部員は三十名を超えるが、夏場以外に水泳部の部室に顔を出すのはこの二人くらいなものだった。
 佐山の問いに、体育館の重い鉄の扉を閉めながら、上嶋が笑いもせずに隙間から腕を中に入れて右手の中指を突き立てた。
「ナニしてて欲しいんだ。テメーは」
 怒らせた時に本当に怖いのは戸田ではなく上嶋の方である。しかし、彼が本気で怒ることは滅多になく、傍から見た今の状況は「怒る」というよりも逆に佐山を「からかっている」ようにすら見えた。
「部室じゃなくて視聴覚室。教員のほとんどいない春休みの学校……って言ったらヤることは一つ」
 その答えを言ったのは、中を覗き込んでいた戸田だった。その顔は妙に嬉しそうで。
「洋モノの無修正ビデオが手に入ったんで、百インチスクリーンで大上映会!」
 その答えにバスケ部員達が一斉に退いた。
「つかぬことをお伺いいたしますが、それって……やっぱりゲイ……」
 百インチスクリーンで無修正ゲイものの大迫力上映会。それもいかにも濃そうな洋モノときたら、まともな高校生男子にはこれ以上恐ろしいものもない。考えただけでも冷汗が出る。
 そんな彼らの恐ろしい考えを打ち消すかのように戸田は「違〜う」と満面の笑みを浮かべた。
「金髪ナイスバディのレズものーっ!」
 そう言うと、二人は体育館の戸をしっかりと閉め、体育館から走って逃げた。
「無修正洋もので……」
「ナイスバディの……」
「レズもの……」
 互いに顔を見合わせたバスケ部員達は次の瞬間、この後の試合のことなど綺麗に忘れ、我先にと体育館から抜け出そうと扉にしがみ付いたが、その扉は押しても引いても動くことはなく、外から鍵を掛けられたと気付いたのは、更衣室から出てきた智紀が事情を聞いて、淡々と「鍵でも掛けたんでしょ」と言った時だった。
 智紀は苦笑しながらもう一つの扉に近寄り、その戸を横に引いた。こちらは難なく開いて外の春風が体育館に流れ込む。
「あの二人、両方とも鍵掛けるようなことしないって」
 そう言いながら外に出て、鍵を掛けられた扉を外から開ける。そして一斉に体育館から転がり出て視聴覚室へ向かおうとする一群の背中に呼び掛けた。
「あの二人がホントにレズもん見てると思う?」
 一群の動きがピタッと止まった。
「視聴覚室に飛び込んだら、スクリーンいっぱいに無修正ゲイものの真っ最中が見えたりして」
 智紀は「間違って一回見ちゃった暁には、夢にまで出てきそうだよね〜」と笑いながら体育館の中へ入っていった。
 戸田、上嶋コンビのやることである。体育館の鍵を全ては掛けないが、バスケ部員達を煽ったヤツらである。
 部員達は名残惜しそうに校舎を見ながら体育館の中へ戻ると、「レズもの見たいよ〜っ」と床に座り込んで情けない雄叫びを上げた。


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