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螺旋階段 2


Chapter 2


 プール用の更衣室横にある水泳部の部室を覗こうとしたものの、その姿がないどころか鍵が掛かっていたので試しに視聴覚室へ行くと、二人は顔を突き合わせて本を睨んでいた。
「ん、ここ違わねーか?」
「ん〜? 合ってるよ」
 智紀は静かに中へ入ると、二人の間にある机の上の本を見た。どうやら塾のテキストらしい。互いにシャープペンを持って計算式を解いていき、答えを突き合わせると戸田が「ほら、やっぱり」と上嶋の手元をペンで突付く。
 その時、二人はようやく智紀の存在に気付いたようだ。しかし特に驚く様子もなく、顔を上げて「よお」と声を掛けるだけだった。
 四時前を指す時計を見ながら上嶋が「早かったな」と言うと、智紀は「部員じゃないからね」と苦笑する。
「何でこんなところで勉強してんの?」
 智紀が近くにあった椅子を引いて腰を下ろすと、戸田は手に持っていた丸めたテキストで彼の頭を軽く叩いた。
「俺ら、もう三年だぞ。受験だよ、受験」
 智紀は再びテキストを覗き込む。小難しい数式に頭が痛くなってきた。
「お前、他人事だと思ってるかもしれんが、来年の今頃は我が身だぞ」
「その頃には先輩達の進路も決まってるだろうね」
 智紀は嫌味のつもりで言ったのだが、相手が少々悪かった。その嫌味は嫌味として通じなかったのだ。
 上嶋がさらりと言った。
「ま、私大の滑り止め受けて、センターで近場の国立に引っ掛かればいいしな」
 戸田も頷く。
「別にキャリア官僚になりたいわけでもないし。就職しそびれたら修士取ってもいいしな」
 戸田は国公立理系特進クラス、上嶋は国公立文系特進クラスで、常に学年で十位以内をキープしている頭の持主である。彼らの一年後の進路に「浪人」という単語は存在すらしていないようで、一時は進級すら危ういのではないかと言われた智紀の嫌味が嫌味として聞こえるはずもなかった。
 嫌味は相手と言葉を選ぶべし。そんなことを悟った一瞬だった。
「で、相談って何さ?」
 戸田がそう尋ねた瞬間だった。
 廊下からバタバタと複数の足音が聞こえ、徐々に近付いてくると、視聴覚室のドアが勢いよく開いた。入ってきたのは見覚えのある顔が多数。
 バスケ部の面々である。
「先輩っ! マジでレズもんっすかっ?」
 戸田と上嶋は思わず顔を見合わせて、同時にニヤリと笑うと彼らに向き直り、「マジマジ」と頷いた。
「見てぇ〜っ!」
 というか、もう見せてもらう気満々なのだろう。バスケ部員ではない智紀がここに来てから十分と経っていない。ミーティングもそこそこに、彼らが慌ててここに走ってきたことは容易に想像できることで。
 上嶋は智紀の顔を見ると、机の上のテキストを片付けて鞄に仕舞った。そして一枚のDVDを取り出す。
「ここじゃ話すのは無理っぽいから、部室に行くか」
 そう小声で囁くと、彼らにそのDVDを手渡した。バスケ部の連中はいそいそと暗幕を引き、スクリーンの準備をする。その様子を見ながら視聴覚室を揃って出た。
「ま、ごゆっくり。じっくり見てから返してね」
 そう言い残すと出入り口にも暗幕を引き、ドアを閉めると、何処に隠しておいたのか、突っかえ棒を扉に仕掛けた。通常開け閉めする外側の戸は開かなくなるが、反対の内側にある引き戸は開けられる。……が、こんな仕掛けをするということは……。
 さっさと歩き出した二人を追い駆けて智紀が尋ねた。
「先輩、あれ、もしかして『ゲイもの』っすか?」
 その問いに二人はニヤリと笑う。
「さっき、ちゃんと教えてやったのにな。『無修正ビデオ』って」
「誰も『DVD』なんて一っ言も言ってないよな?」
 そう言って戸田は、自分の鞄から一本のビデオを取り出した。
「これが本物」
「あれはネットで落としたゲイの3Pもの」
 智紀は「うげぇ」と言いながら渋い顔をする。
「何でそんな物持ってるんですか」
 上嶋は極上の笑みを浮かべた。
「嫌がらせ用に決まってるじゃないか」
 智紀の背中に悪寒が走る。一番敵に回したくないタイプの人間がそこにいた。
 そして視聴覚室からこの世の終わりであるかのような悲鳴が響き渡ったのは、それから間もなくのことだった。




 水泳部の部室はフローリングで、六畳ほどの広さである。そこにローテーブルが一つと、壁際に天井まである大きな本棚が一つ。そこには水泳雑誌と本、過去の名簿や記録などのファイルがギッシリと詰っていた。
 校舎の影になるので中は薄暗いが、掃除も整理整頓もされていて綺麗で、入ることを躊躇するような空間ではなかった。そもそもあくまでも「部室」であって、「更衣室」ではない。他の体育会系部活の部室は道具置き場や更衣室をも兼ねているのに対し、水泳部は通常授業で使用される更衣室を使い、用具自体も同様に授業で使うものであるので用具室に置いてあるため、ここはあくまでも水泳部としての資料置き場とミーティングルームとしてしか使われていなかった。まあ、あとは二人の密会用スペースとしても使われているようなのだが……。
 テーブルを囲んで座ると、戸田が再び尋ねてきた。
「で、何?」
 その問いに、智紀は深いため息をついて顎をテーブルに乗せた。
「どーやったらラブラブになれると思う?」
 内容としては率直だが、肝心な単語が抜けているのも確かだ。
 二人はテーブルに肘を突いて目を丸くした。
「……何かやったわけ?」
 肝心な単語が抜けているのにも関わらず、話が通じているのは、今回の相談の前にも同様の内容の相談をしていたからだ。
『学年主任をも呆れさせたバカがいる。しかし運動神経はいいらしい』
 そんな話を聞いて、戸田が智紀を見に行ったのは梅雨明けの時期だった。別に水泳部としてスカウトに行ったわけではない。ただの興味本位でしかなかった。
 智紀の方にしてみれば、噂に聞いていた校内の名物コンビの片割れが来たのは驚いたらしい。しかし、彼は部に誘うわけでもなく、五分ばかり話をして、「暑くなったら遊びにおいで」と誘われたので、後日素直に遊びに行ったのが最初の時期のやりとりだった。
 二人は以前から「ホモコンビ」と言われていて、仲が良いのは確かだったが、その確証はなく、智紀はその噂話に首を傾げていたのだが、あれは秋口のこと。遊びに行った水泳部のこの部室で偶然、濃厚なキスシーンを目撃してしまったことから、二人の関係が噂などではなく「本物」であることを知る。(しかし共に「バイだよ」と言い張るのだが、そちらの確証は取れていない。)
 それが智紀が晶久への想いを抱えて悶々としていた頃でもあったから、済し崩し的に「相談」するに至ったのである。
 しかし、この二人が智紀にアドバイスしたことといえばたった一言。
「押し倒しちゃえば?」
 これだけである。
 言う方も言う方なら、本当にやる方もやる方である。言われるがままに晶久を押し倒して一週間口も聞いてもらえなかったのはご存知の通り。
「なかなか心を開いてくれなくてね〜。キス一つするのも命懸けさ」
 そう言いながら智紀は腹を擦った。出掛けに膝蹴りを食らった腹が、思い出すだけで痛くなる。
「先輩達はどういうきっかけでくっ付いたワケ? 高校入ってから出会ったんでしょ?」
 智紀が恨めしそうな顔をしながら二人を睨んだ。二人は互いに顔を見合わせて「うーん」と唸る。
「何か気が合ったんだよな」
「んー。で、何かの拍子にこうやって見つめあってたらキスしたくなってな」
 そう言いながら、二人の顔の距離が狭まっていく。互いの表情が艶を帯び、唇が僅かに開いた次の瞬間、二人は同時に智紀を睨む。そしてほぼ同時に手を伸ばすと、彼の目を手で塞いで目隠しした。
 …………ちくしょ〜。何やってんだよっ。
 視界はすぐに明るくなる。二人の表情は元に戻っていた。
 上嶋が少々呆れたような顔で智紀を見下ろす。
「しかし、ホントに押し倒すとは思わなかったけどな」
「先輩がやれって言ったんじゃん」
 上嶋が何も言わずにじっと見つめるその目は、何よりも雄弁に彼の心情を語っていた。
 バカじゃねーの、こいつ……。
 そして上嶋はチョイチョイと指先で智紀を招いた。「何?」と言いながら何の疑いもなく寄ってくる智紀をあっという間に押し倒し、その腹の上に馬乗りになった。
「3Pやらねぇ?」
「……………………は?」
 呆気に取られている智紀は、その意味が理解できない。上嶋がチラリと横目で戸田を誘うと、彼の意図を瞬時に察した戸田は「面白そうだな」と笑みを浮かべて智紀の顔を覗き込み、その頬を優しく撫でた。
「予行練習も兼ねてどうだ?」
 智紀は「冗談でしょ?」と言いながら顔を引きつらせる。
「冗談じゃないって」
 それが本当に冗談ではないというのは、馬乗りになった上嶋が太股の上に移動して、ベルトに手を掛けた時に分かった。
「ちょっ、やめっ……」
 置き上がろうとしたが、戸田に肩を押さえられて身動きが取れなかった。カチャカチャと金具の音がしてベルトが外されると、上嶋は制服のズボンに手を掛ける。
 そちらに気を取られていると、戸田がネクタイに手を掛けてスルリと外し、ブレザーとワイシャツのボタンを一つ一つ外していく。
 何とか逃げようとしてもがくと、よりによって股間と胸を撫でられるのだ。それに反応してしまいそうになる自分が嫌だった。
「やめてっ……」
 下着に手が掛かった時に智紀が弱々しく漏らした言葉で上嶋が立ち上がった。戸田も素直に離れていく。
「お前が深谷にやったのはこういうことだって」
 上嶋は智紀の顔を覗き込みながら、諭すようにそう言った。
「覚悟も心の準備も出来てないヤツを襲うのは強姦。相手を落とすどころか傷付けるだけ。特に同性なんだからさ。抵抗もあるだろうよ」
 そして上嶋は智紀の隣に腰を降ろすと、ズボンを元に戻し、ワイシャツのボタンを留めてやる。
「焦る気持ちはわかるけどさ。また口聞いてもらえなくなるぞ。今度ヘマしたら、それこそ『幼馴染み』の地位も危うくなるだろうよ」
 戸田が智紀を起こすと頭をくしゃくしゃと撫でた。
「とりあえずキスすることに違和感なくなるまで頑張れ」
「違和感って……」
「俺らみたいに、目と目が合ったら思わずキスしたくなるような状態になるまでな」
 それは……果てしなく長い道程のような気もするんだが……。
 智紀は呆気に取られつつも、両脇に座る二人を交互に見比べた。浮かべているのは優しい笑み。俯いてしばらく何かを考えていたが、一つ頷くと「そうだね」と顔を上げて笑った。
 戸田は智紀の肩に腕を回すと、グイッと抱き寄せてその頬にキスをする。突然のことに、智紀は呆気に取られた。
「いやー、藤田、マジでカワイイわ。せっかくだから、ホントに3Pしない?」
 次の瞬間、智紀はものすごい勢いで部屋の隅に逃げていった。上嶋が戸田を呆れた顔で見る。
「お前、藤田をからかうのも程々にしないと……」
 しかし戸田は首を横に振る。
「俺、マジなんだけど」
 すると上嶋はじっと智紀を見つめた。見つめられた智紀は壁に張り付いて、イヤイヤと懸命に首を振っている。
 上嶋は戸田の顔を見た。
「……お前の気持ち、ちょっと分かるわ」
「だろ? 3Pなんてなかなか出来るものでなし」
「ちょっとアホな小動物っぽくてカワイイよな」
 智紀は壁伝いに移動すると、あっという間に出入り口に辿り付き、靴を引っ掛けると転がるように部室の外に飛び出した。
 中からは二人の笑い声が聞こえてくる。
 本気か冗談かはこの際どうでもいい。ただ、いろんな意味で「身の危険を感じた」ことは確かだ。
 あの二人だったらやりかねない。理由はそれだけで充分だと思った。
「……本っ当に敵に回したくないタイプの人間だな」
 気に入られていてコレである。敵に回した暁には、一体何される事やら……。


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